2009年6月29日

子連れフライトの苦難

こんにちは。東京→ニューヨーク滞在の後、昨日サンパウロに戻りました。いやあ、長々と国外で過ごし、このブログの更新も久々でございます。日本で相手をしてくれた皆様、ありがとうございました。
さて・・・成田→ワシントンD.C.のフライトは、ユナイテッドのビジネスでした。来るときにバシネットを確保できなかったので、今回は3時間以上前にチェックインカウンターに到着し、万全を期したつもりでした。が、アメリカに入るときって、チェックインにも滞在先住所が必要なんですね。夫と空港で会う予定だったので、住所も持たず(これも会えなかったらどうするんだって感じですが)飛び立とうとしてました。いや、なんか忘れてる気はしたんですけどね・・・。でも、一緒にいた友人Aとパソコンの側にいた友人Bの機転でなんとか住所は確保できました(まきちゃん、さんちゃん、ありがとう!)。で、バシネットも大丈夫ですよー、と言われ、これで一安心とばかり、ご飯を食べたり、買い物なんかもして日本に別れを告げたのでした。
そして機内。席が最前列じゃないことにちょっと不安になって、バシネットが使えるかを客室乗務員に再確認。「離陸後、持ってくるわ」とアメリカンな(?)笑顔にまあ、あたしも心配性になったものだ、と苦笑を返して待つことしばし。
しかーし、持ってこられたのは、古い型のバシネット。床に置いて使うタイプ(これもひどいけど)ではなく、壁に3点で固定するもの。これを床に置いて使え、と乗務員1が言うのには、怒り心頭。「バシネットについては、チケット購入時、チェックイン時、機内の3回も確認したのに、これはないだろう、どうにかしてくれ!!」とまあ、かーなーりきっつーく言いました。でも取り付ける壁もないし、新しい型のも積んでないし、どうすることもできないのよー、と堂々巡り。で、日本人の乗務員が連れて来られました。「日本語でも同じことしか言えないんだけど・・・」と言ってるの、聞こえました。嫌な役目を押し付けられた彼女も可哀想です。だからと言って、D.C.までの13時間、ずっと娘を抱っこするのは避けたいので「仕方ないわね」なーんてクールに笑って許す訳には参りません。「他に方法はありませんか?」と笑顔で詰め寄ります。でも飛行機は満席。2席使うとか、ベッドを作るような大量の毛布とかはないとのこと。いやーな沈黙が流れ・・・「ちょっと待ってください」と彼女は去ってしまいました。それから数分の後、彼女は「クルーの毛布を持って参りました!」。結局これを床に敷いてベッド代わりにしたのでした。娘のフライトの経験は、壁のバシネットから床のバシネット、ついには床に毛布、と、どんどんランクダウンしている状況となったのですが、この床が意外とよく眠れるらしく・・・機内では全く泣くこともなく、着陸時には、周りの乗客に「エンジェル・オブ・ザ・デイ」とまで称えられたのでした。
しかし、アメリカの入国審査は日に日に厳しくなっているようで・・・ベビーフードは開けられるわ、ミルクは特別の機械でチェックされるわ・・・で、荷物を手伝ってくれる人もいなければ、もちろん子連れに対する優先対応などなく(その点羽田や成田ではものすごく親切なサービスを受けられました。日本が好きになる瞬間です)、気がつけば乗り継ぎ時間、ぎりぎりです。猛ダッシュでゲートへ向かった所、幸運なことに飛行機が遅れていました。・・・って、幸運だと思ったのは間違いだったんですけどね。飛行機は20分ごとにさらに遅れる、とアナウンスを繰り返し、機内へ入ったのは2時間ちょっと後。さあ、やーっと出発・・・と思いきや、機内でも1時間近く待たされました。もうニューヨークに着いた頃にはくったくたです。やーれやれ。

そして、ニューヨーク、サンパウロ間・・・こちらは旦那と一緒にデルタのコーチ席です。バシネット確保はもはや命題。当日朝から電話し、再リクエスト。空港にも3時間以上前に着きました。・・・デルタのカウンターのひどいことと言ったら・・・チェックインまでに1時間以上待たされました。で、バシネットはゲートのカウンターで頼めとのこと。だんだん不安になりましたが・・カウンターの女性が親切かつ有能で助かりました。無事、バシネットも確保し(しかも壁タイプ)問題なくサンパウロへ帰国したのでした。
・・・でも、ここで終わらないのですよ、苦難は。なんと、預けたスーツケースのポケットが開けられ、買ったばかりのドン・エド・ハーディのバッグが盗まれてました(涙)。旦那のスーツケースの方も同様でしたが、デルタの乗務員が落ちていた古いパスポートを見つけ、呼び出してくれたのでした。はぁ、いやはや。

次こそ、楽しかったアメリカの話をします。

2009年5月20日

帰国のご報告

えー、無事帰国いたしました。しかし日本は豚インフルエンザ、すごい話題になっていますね。
ワシントンD.C.から10ヶ月の娘と二人、14時間近くのフライトを追え、やーっと着陸したと思いきや、大きなマスクをつけて頭から白衣?で覆われた検疫所の人々が乗り込んで参りました。それから乗客一人一人にインタビュー。1時間以上かかりました。ちなみに乗客は全員、着陸間際にフライトアテンダントから配られたマスクを着用されられていました。これだけの人数の西洋人がマスクをしているの、初めて見ました。写真を撮りたい誘惑にかられましたが、検疫所の方に怒られそうなので自粛しました・・・。しっかし、乗り継ぎの人とか、泣く赤ちゃんを連れたお母さんとか、機内に閉じ込められてかわいそうでした。(ちなみに、うちの子は、ユナイテッド航空のスポーツバッグのような床に置くタイプのバシネット---これは、ビジネスクラスなのに足を伸ばせない、通路すぐ側、もしくは隣の人の足元に赤ちゃんの頭が来る、という過去最低のもの---にもかかわらず、ほぼ泣くこともなく今回のフライトは乗り切ってくれました。)
ブラジルとアメリカでマスクをしていたのは、旗を持ったガイドさんに連れられた日本人の団体客(注目の的)だけだったので、日本に着いて警戒が厳重なのに驚きました。だって昨晩なんて、保険所から電話がかかってきて、毎日朝晩娘と私の体温を計って報告するように頼まれたのですよ。あと「症状」も。・・・元気なのに。
まあ、昨日の新聞によると、今週末で成田の検疫は取りやめだそうですね。ホント、ちょうどいいタイミングで戻ったものですわ・・・。取り急ぎ、無事帰国しましたことの報告でした。D.C.については、また次回アップしまーす。

2009年5月3日

植物園の蘭展

植物園の温室今日も植物園に行ってきました。というのも、蘭展が開催されているからです。最後にアップロードしますので、珍しい蘭の写真、見てくださいませ。



古い扉なお、前回植物園に行った時には閉まっていた古いゲートのある庭も素敵でした。
また、白に加えて、ピンクと紫の睡蓮も開花していました。多分、この季節に訪れるのがベストだと思います。






睡蓮そういえば、前回さらりと「サルバドールへ行ってきました」と書きましたが、帰りの飛行機の着陸時に娘が大泣きして大変でした・・・。夜の11時ごろでしたが、乗客全員を起こしたと思います。周りの親切なおばさまたちに慰められました。しかし・・・来週から、アメリカ&日本へ行く予定ですが、娘と二人のアメリカ・日本間の飛行機を思うと、ぞーーーっとします。日本の皆さま、また連絡します。お会いできたらいいですね。

蘭蘭蘭
蘭
蘭
蘭
蘭
温室の花

2009年5月2日

サンパウロの植物園&アクリマサン公園

今月は旅行づいていて、リオに続き、先週はバイアのビーチで過ごしました。
でも、サンパウロで見るところが尽きてしまったわけではありません。今月は、新しく2箇所の公園を発見しました。

サンパウロ植物園の階段まずは、動物園の側にあるサンパウロ植物園(Jardim Botanico de Sao Paulo)。200年の歴史を持つリオの植物園に比べると、創立80年ということもあって、そんなにメジャーな観光スポットではないようですが、緑豊かで「都会のオアシス」の呼び名も納得です。

サンパウロ植物園の睡蓮ちょうど睡蓮の見頃が始まったところで、とてもきれいでした。ブラジルの植物の種や葉などを展示した小さな博物館や、蘭の温室、また、竹のトンネル、小さなトレッキングコースもあります。

アクリマサン公園そしてもう1つは、最近、オリンピック用プール30個分という水量の湖が、機械の故障により1時間で干上がってしまった・・・というアクシデントで有名になったアクリマサン公園(Parque da Aclimacao)。昨日見たところ、湖にはたっぷり水が入っていて、きれいな公園でした。

アクリマサン公園2この湖の周りの遊歩道は、犬の散歩やジョギング、ウォーキングをする人でいっぱいでした。また、サッカーとバスケットの屋外コートと観客席の方も賑わっていました。歩いてくる近所の子供達も多いようで、サンパウロにもこんなところがあったんだなあ、と嬉しくなりました。
これからもベビーカーも入れるスポットを発掘していきたいと思います。